ぶらやまだ

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いつでも笑っていたいのに、なんでカナシミがあるんだろう?映画『インサイド・ヘッド』を観る前に考えたこと。

「インサイド・ヘッド」公式サイトより

いつでも笑っていたいのに、なんでカナシミがあるんだろう?

たまたま見かけた記事で紹介されていた

『インサイド・ヘッド』という映画がおもしろそう。

 

cotree.jp

人生には不意に襲い掛かってくる不幸(ほんとに色々な種類がありますが)があって、それによって日常が失われます。自分がどこにいて、何をすればいいのかわからなくなるわけです。それでも、私たちは異常事態の中でもがき苦しみながら、大切な気づきを得て、もう一度人生を歩み直します。そうやって、心は成長していくわけです。

インサイド・ヘッドの物語で発見されたのはカナシミの価値です。カナシミなんていない方がいいように思ったりもするのですが、人生がヨロコビだけで出来ているのではなくて、カナシミを味わうことがどれだけ貴重であるのかを、ライリーと神経伝達物質の妖精たちは学ぶわけです。

 

カナシミを受け入れることで、私たちは大切なことを知っていくという発想が臨床心理学にはあります。

このあたりが臨床心理学と他の心の治療との違いです。例えば、コーチングや自己啓発ではヨロコビを強化することを目指します。ポジティブシンキングというのは、ヨロコビの発想なわけです。実際、映画の中でもヨロコビは異常なポジティブシンキングで、見ていて少し疲れるくらいです。

 

うんうん、なんでカナシミがあるんだろうね。

カナシミにも意味がある、価値があるのだというけれど。

 

自己啓発セミナー」で感じた異変。

思い出したのは、

25才くらいのころに移った会社先でのこと。

そこで「自己啓発セミナー」なるものに連れて行かれて

思い切り気持ち悪い体験をしたことがあって。

 

東北各地の企業から集められた100人ほどが

その場でグループを作って

朝から晩までの3日間「講師」の檄が飛ぶなか

終止ハイテンションで課題をクリアしていく。

 

そして、最終日は感動のフィナーレ。

みんなで抱き合ったり、涙を流したり。

で、気持ちが高ぶった状態のまま、

我こそはと申込み用紙に記入していく

次なる第2ステージに向かうのであった。。。

(ボクの場合はすぐに異変に気づいて脱出したのだけれど)

 

カナシミをヨロコビで覆い隠そうとする人たち。

そこでの忌まわしい体験から思ったのは

自分のなかのカナシミを無視して、

なかったことにしたい人は

ヨロコビを無理に強化しようとするんだろうな。

 

カナシミをヨロコビで覆い隠そうと。

 

だから、そういう方々は

ヨロコビにどっぷりとハマっちゃう感じがした。

 

カナシミにどうスポットを当てるのか。

でも、カナシミをヨロコビで覆い隠そうと

するのも無理もないはなしで。

カナシミって一見すると辛気くさくて、湿っぽくて、暗くて、

だから、ないほうがいいって思っちゃいがちなんだよなあ。

 

それでも、カナシミも人の感情のひとつなのだから

あってもいいんじゃん!と思うわけなのですが。

ただ、カナシミにどうスポットを当てていいのかは

自分でもまだよくわからないところで。

 

『インサイド・ヘッド』では、

そのあたりがどんな見せ方になっているか、楽しみです。

観るのが待ち遠しいな。

www.youtube.com

 

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