ぶらやまだ

日々のなかに遊び心を。仙台/歴史・地形/イラストとか。

【ブログは「書けない」ときこそ気づきや学びがある】「ネタが切れた時こそが今までになかった自分の興味や引き出しが出てくるチャンス」。カメライターかさこさんのブログを読んで、勝手に元気になりました。

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昨日書いた記事の出来が悪くて、気分が落ち気味になるという。。。

昨日、自分としては

けっこうビミョーだなあという記事しか書けなくて、

でも、もう時間も時間だーってなって

しぶしぶ更新ボタンをクリックしていました。

 

で、朝起きて、仕事してて、ご飯食べてて、

その間ずっと、ブログのことで若干気分が落ち気味になるという。。。

 

いつもなら「オレいい記事書いたなあ〜」って

ひとりご満悦状態なんですが、

(自分だけは一生自分のファンだゼ!!っていう、めでたい子)

でも、今日はそうではなく、昨日書いた自分の記事の出来が

なんだか恥ずかしく恥ずかしくて状態になってしまってました。。。

 

カメライターかさこさんのブログが今の自分の気分を言い当てていた。

で、今日はなんかやっぱりブログ書くのどうしようかな、、、

的な気分になっていたところ、

カメライターのかさこさんの今日のブログを読んだら

最高に自分にピッタンコな内容だったので、

もう元気100倍勇気100倍になって、

こうして今日も書いている次第です。

kasakoblog.exblog.jp

自分で文章を書くという行為は、
わかったつもりになっていることが、
本当にわかっているかどうかが試される。
自分で文章を書くという行為は、
インプットしたことがどう自分に役立つのか、
思考の整理につながる。
自分で文章を書くという行為は、
インプットしたことを見える化して資産にすることができる。

 

長い文章を書く必要はない。
その日、自分は何をインプットしたのか、
ブログでも何でもいいから書けばいい。
アウトプットしてはじめて、
もっと自分に必要なインプットとは何なのかとかがわかる。

 

いや多くの場合、ネタがないんじゃなく、
いっぱい気づきがあるのに見逃しているだけだ。
ダラダラ生きてるんじゃなく、意識して生きろ。
そしたら書くことなんていくらでもあふれている。

 

もう勝手にこれは自分へのエールなんだーーー!!って、

これはオレに贈られた応援歌なんじゃーーー!!って、

心の中で叫びました。

 

「書けない」ときこそ気づきや学びがある。

ブログをやってると手が止まって

記事が書けないときがやっぱりあるんだけれど、

「書けない」ときこそ

気づきや学びがいっぱいあるんだってことですよね。

 

「書けない」のは自分がわかったつもりになっていたり、

インプットが足りていなかったり、

いろんな気づきを見逃していたってことの証で。

 

でもそれによって

わかったつもりになっていい気になっているぞ、とか

自分にはどういうインプットが必要かな?とか

今日見逃してしまったのはなんでだろう?って考えることができて

次につなげることができるってことなんでしょうね。

そっかあ〜〜〜〜〜、これは本当にそうだなあ。

 

「書けない」のが恥ずかしいとかダメだとかって

気にしていたけれど、

そう思う必要は全くないってことで。

ブログは「書けない」こともネタになるんだから。

 

「ネタが切れた時こそが今までになかった自分の興味や引き出しが出てくるチャンス」。

ネタ切れになって思いついたこの2つの写真が、
まさか私に100万円以上の仕事をもたらしてくれるとは夢にも思わなかった。
ネタが切れた時こそチャンスなんだよ。
今までになかった自分の興味や引き出しが出てくるチャンス。

そしてそして、最後の

「ネタが切れた時こそが今までになかった自分の興味や引き出しが出てくるチャンス」。

くぅ〜〜〜、そっかそっかあ!!

自分が知ってる範囲の自分って案外狭かったり、小さかったりして、

自分も知らなかった領域・未知の領域のほうがずっと広大なんだと思う。

そういう部分のなにかしらが出てきたほうが

ボクの場合楽しいし、ワクワクする。

 

ワクワクし続けたいから、

ボクは書けないことを気にせずに

ブログを書き続けていこうと思いました。

 

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