ぶらやまだ

日々のなかに遊び心を。仙台/歴史・地形/イラストとか。

自分の怒りを人に向けて発散させてばかりいる人は、こわがっていることを素直に「こわい」と言えない人。

自分の中に込み上げた怒りの感情を
まわりにいる他の誰かを捌け口として
発散しようとしていたことに気づく。


怖がっているんだな、恐怖に耐えられないんだな、
こわがりなんだなあと思いました。

怒りの根っこは不安や恐怖。


怒りの根源を見つめてみると、
それは不安や恐怖だと思う。

これほどの不安、今までにない恐怖。
その不安、恐怖から
なんでこんなことになっているんだ!!
なんでこんな目にあわなきゃいけなんだ!!
ってところから、怒りの感情に変化発展していくのかな。

自分のなかに不安、恐怖、怯えがある。
あると認められないから
耐えられなくて、
人を捌け口にしようとするんだと思う。

「こわい」と言うことが言えなくて、
人に当たることでしか
発散できなくなっているんだと思う。

人一倍こわがりなのに、
「こわい」と言えない、表現できないのは
とてもつらいよなあ。

ボク自身にも少なからずあるなあ。。。

自分に素直になれないまま歳を重ね続けてしまった。


昔読んだ、宮子あずささんの
「看護婦が見つめた人間が死ぬということ」という本を
本棚から引っぱり出していました。

看護婦が見つめた人間が死ぬということ (講談社文庫)

看護婦が見つめた人間が死ぬということ (講談社文庫)

 

 
著者の宮子さんは看護婦さんとして病院で働きながら
実際に自分で体験したことを小説・エッセイにしている方で。

読み返したかったのは、
自分の想いを言えないまま生きてきた人の最期の姿。
それはもう、、、。

この本に出てくる
自分の想いを言えないまま生きてしまった人は
こわいという想いを「こわい」と言えないで
人を捌け口にしている人と重なってしまう。

どちらも自分に素直になれないまま
歳を重ね続けてしまったこと。

本の始めの
プロローグに書かれていたこの一節が
胸をうちました。

私が、死について考えさせられた症例は、同時に、生きることについても考えさせられた症例でした。

「看護婦が見つめた人間が死ぬということ」p5 講談社文庫



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