ぶらやまだ

日々のなかに遊び心を。仙台/歴史・地形/イラストとか。

異常に腹が立ったら、それは自分宛のメッセージなんだと思う。なぜなら、そこまで激しく怒ったり、憤ったりするのは、その裏側にきっとなにかがあるはずだから。

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異常に腹が立ったら、それは自分宛のメッセージなんだと思う。

「うんうん!なるほどなるほど!分かりました!!」

そう言ってるくせに全然分かってねーじゃん

っていう人に、つい先日遭遇しました。

 

これほどに伝わっていない、

話を聞いていない人がいるのかって信じられなくて、

もう言葉を失ってしまって。

 

同席していたボク以外の他のふたりも

驚きを隠せない様子だったので、

あぁ、みんな似たような思いなんだなと。

 

驚きに拍車をかけたのが

この全然理解できない、しようとしない人が

それなりに名のある組織のリーダーだったということ。

 

それが本当に本当に意味が分からなくて、今でも謎で。

自分でも珍しいくらいに異常に腹が立ってしまいました。

 

けれど、少し時間が経って気づいたのは、

この自分のなかの激しい怒り、憤りって

ある意味では自分宛のメッセージみたいなものだなと。

 

そこまで激しく怒ったり、憤ったりするのは、その裏側にきっとなにかがあるはず。

自分という人間はああいう人に対して

並々ならぬ感情の高ぶりを抱いてしまうんだなあと。

 

そこまで激しく怒ったり、憤ったりするのは、

その裏側にきっとなにかがあるはずで。

 

で、自分の中にあるそのなにかが、

全くそうではない人種に出くわしたことで

グワーッと燃え盛ったというイメージ。

ここにいるぜ〜みたいな。

 

これってボク自身だけじゃなくて、

誰でもそうなんじゃないかな。

 

わたしのこと忘れないでください。

と、自分の中にあるそのなにかって

それってなんだろうなーって。

なんだろなー。。。

 

たぶん、わたしのこと忘れないでくださいってことなのかなあ。

 

「伝わっていない、話を聞いていない」のって

自分という存在がここにあるのにもかかわらず

無視されてしまった、ないことにされてしまった

かのような感覚があって。

 

そうそう、今さらながら

ボクのブログのタイトルも

これを言いたいがためで。

 

で、なによりそれを言いたい相手って

誰かに向かってじゃなくて、

自分自身なんだよなって。

 

だから、「自分宛のメッセージ」なんだと思ったわけです。

 

自分宛のメッセージを開封できるのは自分自身だけなんだと思いました。

何度も言うけれど、

これってボク自身だけじゃなくて、

誰でもそうなんじゃないかなー。

 

自分宛のメッセージを開封できるのは

自分自身だけなんだと思いました。

 

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