ぶらやまだ

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「もうお兄ちゃんだから、○○しなさい」への違和感。そういう「善意の見せかけ」みたいなものが人を傷つけ、自立を妨げるのかもしれない。

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「もうお兄ちゃんだから、○○しなさい」への違和感。

以前なんどかブログに登場したことがある、

ボクがお慕い申し上げる西村佳哲さん

 

その西村さんのワークショップで知り合い、

今でもゆる〜くつながっているのが

茨城の日立市に在住の宗像(ムナカタ)さん。

 

保育園に通う子どもさんのことで

ツイッターでこんなつぶやきをしてて。

 

 

 

 

確かに「もうお兄ちゃんだから、○○しなさい」って

言い方ってよく遭遇すると思う。

その言葉がもう市民権を得ているというか。

 

「善意の見せかけ」みたいなものが人を。

ムナカタさんの一連のツイートでボクが一番気になったのは

「一見自立を促すように見えて」というところ。

子どものためを思っているように見せかけている。

 

そういう「善意の見せかけ」みたいなものが

明確な悪意でないだけに、

投げかけられた人が気づかないレベルでじっくりじわじわと

人を傷つけて損ねてしまってるのかもしれないなあって。

 

自分も他の誰かにやっていたとしたら。

なんで気になったかと言えば、

こういう「善意の見せかけ」みたいなものって

自分も誰かにやってしまってないかなって思うから。

 

あなたのためにと見せかけて、

実は自分の利益のためでしかないことを

無意識的にやりかねない。

 

そういうことをやられて本当に嫌だった経験があるし、

なのに、それを自分も他の誰かに

やっていたとしたら、、、とちょっと考えてしまいます。

 

 邪悪なものが善意の顔をして紛れていたりするから。

無意識的にせよ、意識的にせよ

人の自立を妨げるようなことが

たぶんきっと無数にあって。

 

身につけたり、学習したり、

覚えたりすることも大切なんだろうけれど、

なかには、邪悪なものが善意の顔をして紛れていたりするから

スルーしたり、身を挺してガードしたり、

一目散に逃げたりする手もアリなのかなと思いました。

 

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