ぶらやまだ

日々のなかに遊び心を。自分らしさ探求中。

「たとえ」って話を分かりやすくするためにすることが大前提なので、「分かりにくいたとえ」というものはこの世には存在しない。あれ?あの人は、、、?

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政治の話題って書いたことなかったので

今日はそれを。

 

「分かりにくいたとえ」はこの世には存在しない。

「たとえ」って話を分かりやすくするためにするもの

ということが大前提にあると思います。

難しいことをなにか別のことがらに置き換えることで

すっきり簡潔にあらわす技術。

 

逆に話が分かりにくくなってしまうと

それは「たとえ」とは認識されずに

なんだかよく分からない支離滅裂な

音声のかたまりになり下がってしまう。

 

なので、「分かりにくいたとえ」ってものは

この世には存在しないはず。

 

聞いててイライラする理由。

かの人の、説明を聞いてるとなぜだかイライラしてくるのは

この前提を無視した、この世には存在しないはずの

「分かりにくいたとえ」をわざわざ持ち出してきて

人をパニック状態にしちゃうからなんだろうな。

 

ボクらが前提にしていることを勝手に逸脱して

自分ルールを適用して話し始めてしまっている、

だから、イライラしてくるんじゃないかな。

 

話の内容というより、

そもそもの日本語や言葉の運用の仕方から

なにか違っているような。

 

もしかして、あえてそういうやり方を

しているのかもしれないなって詮索してしまうほど。

 

「なぜ殴りかかるような真似をしたのか。その背景を知りたい」

さておき、ちょっと前に安保法案が強行採決された日に

大阪で行われた反対アピールのスピーチを読みました。

iwj.co.jp

www.youtube.com

 先日、安倍首相は、インターネット番組の中で、こういう例を上げていました。『喧嘩が強くて、いつも自分を守ってくれている友達の麻生くんが、いきなり不良に殴りかかられた時には、一緒に反撃するのは当たり前ですよね』って。ぞーっとしました。


 この例えを用いるのであれば、この話の続きはどうなるのでしょう。友達が殴りかかられたからと、一緒に不良に反撃をすれば、不良はもっと多くの仲間を連れて攻撃をしてくるでしょう。そして暴力の連鎖が生まれ、不必要に周りを巻き込み、関係のない人まで命を落とすことになります。

 

 この例えを用いるのであれば、正解はこうではないでしょうか。

 なぜ彼らが不良にならなければならなかったのか。そして、なぜ友達の麻生くんに殴りかかるような真似をしたのか。その背景を知りたいと検証し、暴力の連鎖を防ぐために、国が壊れる社会の構造を変えること。これが国の果たすべき役割です。

「なぜ殴りかかるような真似をしたのか。その背景を知りたい」

これはとても知的な探求だなって思いました。

人に関心がある人。

人が好きなのかなって。

 

でも、今の日本の代表は

「殴りかかられたら、一緒に反撃する」人なんですよね。

人がこわいのかな。

 

、、、やっぱり政治の話しは文章にするとなると

断片的になってまとまらないなあ。。。

次回への課題にしよう。

うーむ。

 

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