ぶらやまだ

日々のなかに遊び心を。自分らしさ探求中。

【無印良品についつい惹かれてしまうのには理由があった】無印良品はシンプルではなく、エンプティ=からっぽである。だから、どんな可能性も満たす余地があるんだよ。

無印良品が好きです。

無印良品公式HP「シャツは畑で生まれます。」より

 

その魅力は「シンプル」だから。

 

「シンプル」だから好きだと思っていたけれど、、、

と思っていたけれど、

無印良品ディレクションを務める原研哉さんの話を聞くと

シンプルでは収まらないものがあるなってことが分かります。

原研哉氏トークイベント採録 | くらしの良品研究所 | 無印良品

たとえば18歳の若者が新しい生活を始めようと思って、無印良品のベッドを見たとします。そして「僕の新生活にいいな」と思う。一方で、60代の熟年夫婦が同じベッドを見て「私たちの寝室にいいわね」と思う。18歳の生活にも、60代の生活にも、別々のシンプルなベッドをつくるんじゃなくて、ひとつのベッドを見て、皆が自分に合うと思えるような自在性ですね。どんな暮らしも使い方も引き受けますという、そういうエンプティをもっている。

 

つまり、無印良品は、あらゆるファンクションを全部受けとめられることを、どこかではっきりと意識している。そこに品質を求めているというのが、おもしろいところだと思います。何のために、どういうふうに使うかなんて、答えを明示しない。お客さんが自分の生活の中で、好きなように使えばいい。それを玄関に置こうが、押入の中に入れようが、見えるところで使おうが、見えないところで使おうがかまわない。そういう自在性があるということです。

 

よく「無印良品はシンプルだ」と言いますけど、今日は「無印良品はシンプルではなくエンプティだ」ということを話すために、わざわざこんな難しい話をしてるんです。

 

ここで原さんが言う「エンプティ」という言葉の意味は

「からっぽ」であること。

からっぽであるから、どんな可能性をも満たす余地がある、

引き受ける、受け入れる、自在性があるよ、と。

 

この「エンプティ」っていう概念が

原さんがオリジナルで創作したものじゃなく、

日本の古代からずうっと続いてあるものだってことに

驚くんですよね。

無印良品はそれを意識して借りているだけだと。

 

じゃあ、好きなのは古代人のDNAがうずくから???

で、それを踏まえて、

じゃあボクが無印良品を好きだなあって思うのは

エンプティ好きな古代人のDNA的なものが

子孫であるボクのなかにも残されてあって、

それが触発されて、

ついつい無印良品に惹かれちゃっているのかしら?

 

そうだとしたら、無印良品って

ものすごく神がかり的な高度な設計がされてるってことですよね。

すごすぎる〜〜〜〜、ぐうの音も出ません。。。

 

これとかなり近い内容のお話を

3~4年前、仙台に原さんがいらした際に

実際に聞いたことがありました。

デザインの話なのに、

遡って日本の古代や神さまのことを語り出し始めたときの

あの衝撃は今でも忘れられないなあ。

 

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