ぶらやまだ

日々のなかに遊び心を。自分らしさ探求中。

矛盾しているのは全て良くないこと?

昨年末のこと。
仕事納めを終えて、 職場から自宅に帰る途中。
ひとつだけ今年中にやっておきたいことがあるなとふと思った。
それは職場のあるひとりの同僚ともう一度関わりたいということ。
 
その人のことをやんわりと避け続けていた。
避けていたのは、自分が直接的に嫌なことをされたわけではなく。
けれど、その人の仕事中の姿勢・言動が自分の中の「ありえねえコイツ」の閾値を越えることが何度かあって、その度にぼくは心のシャッターを閉じてしまっていた。
 
こういう状態になることは以前にも何度もあって、だから、しょうがないかと諦めていたところもあって。
けれど、あと少しで今年も終わると思い、やり残したことはと考えてみたらその同僚のことが頭をよぎったんすよね。
その人のことを思い出すとなんかムカムカしてしまう。
と同時に、なんでこんなにムカムカしてしまうんだろうとも思う自分もいる。
 
結局のところ、ぼくはその同僚に連絡をとって、食事をし、たわいもない話を少しして2016年を終えた。
 
 
 
ぼくは心のシャッターを開けたんだ!、、、と、感動エピソードにするつもりもなく、なりそうな特別な内容もなく、大きな変化があったわけでもなく。
ただ、素直にその人とは関係を凍結させたままではいたくないなーと思った。
んで、一方では、単なる気まぐれでまたすぐ嫌悪しちゃうんじゃねーかな、どうせ長続きしないんでしょ?とささやく自分もいるんだよな。
 
関わりたいのか、関わりたくないのか。
どっちなの?って自分でも思う。
 
思うのだけれど、まあ、どっちも自分の素直な気持ちなんだろうなって。
矛盾してても、正反対でも、真逆でも、普通に考えたらそんなのおかしいだろうけど(自分でも思うww)まあ仕方ないなあと。
論理的に理性的にはおかしいとは思えど、でも、どっちも思ってしまうのだから、どっちもあるままに抱えて生きていくしかないなあと。
 
てか、そのうちにその矛盾が解きほぐれてくるかもしれんし。ま、ならんかもしれないけど。
つまるところは「今ここにある」ことをいくら否定しても苦しくなるばかりで。
矛盾してるのはおかしいことなのかもしれないけれど、今ここに矛盾した気持ちがあることに変わりはないんだよなあ。
 
なら、そういう状態にあるのだなあと自覚しておくくらいができることなんじゃないかな。
 
〜END〜

溜め込まずに、流れをよくしておくこと

人間にあって、他の動物にないものって、過去を記憶して、未来を予測できることだと思う。
 
ある一定容量を脳内にメモリーして、それをひっぱり出すことができる。
思い出したり、懐かしんだり。
記憶をもとに先の未来を予想予測、想定して、行動することもできちゃう。
その能力が人間のすんげえところなんだよなあ。
 
ただ、そのすごい能力も使いようでございまして。
 
過去のことを思い出してクヨクヨと後悔したり、確定していない先の未来をあれもこれもと心配して不安になったりすることがよくある。
というか、よくあるどころか、ありまくり~~~
せっかくの能力も台無し〜〜〜
 
そういうときって、自分の思考も体も、過去と未来にムギュ〜とサンドイッチされて、どうにもこうにも身動きがとれなくなっちゃうんすよね。
あるあるだわ~
 
んじゃあ、どうしたらいいもんかなって、自分なりに意識してみているのが「流れをよくしておくこと」なのかなって。
 
 
後悔も不安も無くせないと思うし、これからも死ぬまでずっと付き合っていく感情なんじゃないかな。
最近まで、後悔や不安の内容にフォーカスして原因を探ることが解決につながるはずと思っていたんだけれど、後悔も不安も悪いものじゃなくて、それらにからめとられて、溜め込んでしまうと身動きがとれなくなってクサクサしてくるように思うんだなあ。
 
我慢する、耐える、抑える。
それが人としての美徳みたいな価値観が自分の中にはあって、だから、いろんなことを表に出さないでおこうとしちゃうんだよね。
んで、気づくとものすごく溜め込んでしまってるのよね。
 
そうなるともう手遅れで、強烈な後悔や不安が自分を襲ってきちゃうんすよ。
自分の中で収まればいいほうで、悲惨なのはまわりの誰かに転嫁して、罵しって糾弾して怒りをぶちまけようとする自分が現れてくること。
もうきついっすね〜〜〜
 
 
空気も水も流れがなくなってしまうと淀んでしまうよね。
大事なのは、後悔や不安の中身ではなく、流れていることなのでは?
ヤバいのは、自分のいる環境が流れがなく淀んでいることなのでは?
 
流れを生み出すには、クヨクヨしたり、どうしようと心配になったら、それをとりあえず出してみることかなあと。
言葉にしてみる、書いてみる。
ぼくの場合、ブログもひとつの手段だし、ノートにペンでババーッと書いたりすることも増えたかな。
最近は原付バイクをゲットして、ブイーンと走りながらひとりでブツブツ言ったり、そん時の気持ちを歌にのせてみたりする。
(恥ずかぴーので、もちろん人のいないところで❤︎キャッ)
 
んで、肝心なのは出したものの出来についてあれこれと云々しないこと。
出して、流れをつくることが目的なので、ノートの書き方が汚いとか、言葉が悪いとかカンケーないすよーと思ってる。
 
自分ができる範囲、行動しやすいやり方で、少しずつ表に出してみるといいんじゃないかな。
 
〜END〜

地形好きにはたまらん!仙台市博物館 企画展「戦国の伊達・政宗の城・仙台の町」

行ってきました仙台市博物館。

お目当はここで行われている企画展「戦国の伊達・政宗の城・仙台の町」。

 

斎藤報恩会という財団法人から寄贈された貴重な歴史資料が展示されているとの情報をキャッチ。

そのなかには、現存するうち最も古いとされる仙台城図や幕末期の仙台城下図などなど、地形・地図好きにはもうたまらん!ラインナップなのでございます。

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実物を見ると畳数枚分もある大きさで、しかも、かなり正確かつ緻密に描写されていた。これは作成するのに相当な労力だったんだろうなあと。

解説を読んでみると、こうした精密な地図や絵図が残っているのは時の江戸幕府から地図提出の命を受けて作られていたそうな。

正保元年(1644)、江戸幕府は全国の主要な大名に国ごとの地図である国絵図と土地台帳である郷帳、道の情報を記した道帳、城絵図の提出を命じた。

 

江戸幕府は元禄10年、全国の諸大名に一国ごとに国絵図・郷帳の提出を命じた。

仙台市博物館収蔵資料図録 斎藤報恩会寄贈資料より

自分とこの領土をこと細かにお上に報告しなきゃいけなかったってことなのでしょうね。

想像するに、支配体制の強化や幕府の目の届かないところで悪いことしないようにとかそういう目的があったりするんでしょうかね。

 

んで、この仙台市博物館はかつての仙台城の三の丸跡にありまして。

なので、博物館の周辺には歴史好きにとっては見所がまんさい。

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せっかく来たから、本丸跡まで行ってみたら、伊達武将隊がいたよ★

やっぱ武将ってカッコイイよね〜

ひとりだけ武将じゃない松尾芭蕉もいるけど。

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ちなみに、この企画展は来週の12/27(火)までですよ〜 

 

〜END〜

仙台の戦国武将 国分氏と留守氏のお城跡巡り

伊達政宗公が宮城一帯を治める前に仙台を領地にしていたのが、国分氏と留守氏。
国分氏が居城としていたのが千代城(のちの仙台城)、そしてもうひとつが松森城。
留守氏の居城が岩切城。
なんと、このふたつの城跡が残っていると聞きつけ、さっそく行ってきました。

 

国分氏の松森城(鶴ヶ城)

まずは松森城。この地が鶴が飛ぶ姿に似ていることから別名「鶴ヶ城」とも呼ばれていたそうですよ。

 
住宅地の中に入り口の案内があります~。

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ゆるい坂をあがっていくと駐車スペースになっていて、そこから階段を進むと本丸跡へ続きます。わっせわっせ。

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そうこうするうちに、、、やや!本丸跡に到着。
桜が植えられていたので春は花見が楽しめそう。
近くに学校があるのか、体育か部活をやってる子どもたちの声が響いてました~。

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こちらは二の丸のようです。

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留守氏の岩切城

続いて、留守氏の岩切城。

高森山にあることから今では高森山公園になってます。

 

登っていくとこの入り口が見えてきます。

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ズンズン進みます!

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むむむ!ここが本丸跡のようです!

木が立派でございますな~、これも桜だったかな。

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ふたつの城の距離

気づいたのは、このふたつのお城跡、めっちゃ近いところにあるんですよね。

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その距離、1~2kmくらい。

こんな近くにあるってことは、このあたりを境に領地争いをしていたのかしら。

ますます興味が湧く~

 

~END~

OKバブリー❤︎バブルを知らない世代に支持されるバブリー芸人平野ノラについて考えてみた

おったまげ〜の、ぶっとび〜〜
みんな〜〜〜、ナタデココ食べてる〜〜〜?
 
最近ハマってるのが、バブリー芸人の平野ノラ。
 
ぼくは1983年生まれなんで、小学生の頃にバブルが終わっちゃうから、バブリー体験っつーもんはほとんどないんだけども。
それでもネタのなかに出てくる鉄骨飲料とか5時から男とかポケベルとか聞くと、すげ〜懐かしいなあって思う。
 
んで、驚くのはバブル時代をかすりもしない若い世代にも人気があるんだそうで。
これ不思議っすよね。
なにがそんなにも多くの人の支持を得るのかなと考えてみると
バブルっていったいなあに?を一瞬で体現してみせてくれるところなのかなーって。
 
 
バブルってその当時を知らない人には実態がよく分からないよね。
禿げ散らかしたおっさんがあの頃はよかったと遠い目をしてつぶやく思い出話は聞きたくもないし、解説書・参考書には載っているものの、その当時の空気感はやっぱり分からないわけで。
急激に土地の値段が上がったりして、なんだかみんな浮かれていた、そんなぼんやりしたイメージ。
バブル崩壊後、ずっと不況って言われ続けてて、そんな時代しか知らない世代にとっては想像しがたいでしょうね。
 
そんなぼんやりしたイメージでしかないものを分かりやすく誇張して見せてくれているのがバブリー芸人の真骨頂なんじゃないかな。
 
長いソバージュヘアと太い眉、肩パッド入りまくりのボディコンスーツ姿、肩にかけたデカすぎる携帯電話。
言葉遣いは大げさかつ豪快&意味不明ワードもちらほらww
当時みんながみんなこうだったわけじゃないだろうし、オーバーに表現しているところはあるものの、バブル当時を思い出す要素は確かにあって。
 
知ってる世代にとっては懐かしいと思いつつ、ふざけすぎだろ!って思わずツッコミたくなるし、知らない世代にとっては「こんな時代があったのか〜〜〜!」っていう驚きがまず新鮮なのかもしれないなあ。
バブル崩壊から20年以上経って、バブルっていったいなんだったの?って人たちに、こんなおバカでおったまげ〜な時代があったのよ〜って。
 
 
OKバブリー❤︎鉄骨飲料、好きだったな〜
 
〜END〜
 

教科書に載ってない戦国時代の宮城・仙台勢力図~大崎氏、葛西氏、国分氏、留守氏~

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『県史 宮城の歴史』p133 戦国期宮城の勢力分布図参考

 
時は天文、西暦1530~1550年代。
上杉謙信、武田信玄、織田信長といった名立たる戦国武将がそれぞれの領地で城主になろうかという時代。
この頃の宮城では伊達氏の他に大崎氏、葛西氏、国分氏、留守氏という勢力が互いににらみをきかせ合っていた。
 

宮城の戦国武将って伊達政宗公以外にいるのかな?

宮城・仙台といえば、独眼竜こと伊達政宗公が有名っすよね!
とはいえ、政宗公も一地方の小大名から成り上がっていったわけで。
じゃあそれ以前に仙台の地を治めていたのって誰なんすか?
この問いに答えられる人って意外に地元の人間でも難しかったりするんですよね。
 
なんでかな~と考えてみると、東北が歴史の表舞台に登場するのは、征夷大将軍坂上田村麻呂の蝦夷討伐、奥州藤原氏が平泉で一世風靡しちゃう。
んで、そっから大きく間があいて、豊臣秀吉がもう天下統一目前ってときにようやく伊達政宗が登場するんすよ。
奥州藤原氏~伊達政宗公登場までがまるっと省略状態で、教科書にも記述がないんですよね。
そりゃあ誰も知らんがな〜。
日本の中心地は近畿地方から関東の鎌倉に移ったり、モンゴル軍に襲われたり、室町時代になったり、下克上、群雄割拠の時代に移り変わっていくわけですが、東北地方のその期間の記述がなかなか見えないんですよね。
 

大崎氏、葛西氏、国分氏、留守氏もいるよ

そこで歴史探検家ヤマダが調査しましたところ、『県史 宮城の歴史』の中にとても分りやすい解説図を発見!
それをもとに簡略化した図が最初に示したもので。
この本によると政宗公以前に宮城・仙台の地を治めていたのは、今の大崎市を中心に治めていた大崎氏、石巻〜岩手南部を治めていた葛西氏。
そして、仙台、松森の国分氏、岩切、塩竈の留守氏。
これら代表的な勢力以外にも秋保、粟野、黒川、長江、亘理といった小規模の勢力が無数にいたようですね。
 
かんたんに紹介すると。
大崎氏は足利一門の斯波氏を祖とする名門。
1400年頃に奥州探題っていうめっちゃ偉いポストに任命されて、大崎地方を拠点としたことから斯波氏改め大崎氏と呼ぶようになっていったんだとさ。
 
葛西氏は奥州藤原氏を滅ぼした奥州合戦の時に活躍した一族。
その功績から石巻〜岩手南部の領地をもらったらしいよ。
 
国分氏は関東の千葉氏の出で、葛西氏と同じように奥州合戦の時に活躍して移ってきたらしい。
若林区にある国分寺周辺を領地にしていたみたい。
 
留守氏もまた、奥州合戦の後に移ってきた一族。
留守所っていうこれまた偉い職務を任されて、自らを留守って呼ぶようになったそうで。
 

伊達氏だけじゃないんだね

宮城・仙台の戦国武将といえば伊達政宗公の一択になりがちで。
でも、ちゃんと調べてみると、それ以前に無数の勢力が存在していたわけで。
今回調べてみて分かったのは、奥州藤原氏を滅ぼした奥州合戦で功績をあげた豪族たちが他の土地から移って土着し、戦国期まで至っているんだなということ。
 
それと、大崎氏は大崎市に、国分氏は国分寺にっていうように、今現在の地名にも関わりがめっちゃあるんだなあ。
歴史って知れば知るほどサイコ〜★
 
 
出典参考/『県史 宮城の歴史』渡辺信夫、今泉隆雄、大石直正、難波信雄 山川出版、『東北の中世史 伊達氏と戦国争乱』遠藤ゆり子編 吉川弘文館

 

〜END〜

ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』は恋愛オンチな人にほど刺さる物語

恋だとか愛だとかラブだとか。
正直、異性を好きになるということがあんまりよく分からないところがある。
だから、恋愛系のドラマや映画は自分の選択肢のなかからは自然と外されるし、見たとしてもキュンキュンしたりしない。
この前見た『君の名は』でもそうだった。
 
そんな恋愛オンチなぼくがぬおおおお!こ、これは!と、心高鳴りながら見ているドラマが『逃げるは恥だが役に立つ』だ。
このドラマはガッキーがかわいい!ガッキーのダンスがヤバすぎぃ!ガッキーがガッキーが、、、あと、石田ゆり子が!っていう話題ばかりが先行していて肝心の中身のストーリーについては全然情報がなかったww
流行りに乗るのも、既に放送が始まっているものを後追いで見るのもどうかなと内心思っていたのだけれど。
それでも見る決め手になったのはガッキーの相手役の星野源の存在。
歌手であり、文筆家であり、俳優。
ひとつのジャンルに収まらない活動をしている彼になんだか興味が湧いたのだ。
 
 
で、見て思ったのは、ガッキーかわいい!石田ゆり子たまんねえ!
、、、それもあるけれどwwそれ以上に魅力的なのがやはり星野源演じる津崎平匡というキャラクター。
 
35歳、京都大出身のシステムエンジニア。
超合理的で仕事もでき、無駄がない。
一方でこと恋愛においてだけは劣等感が酷く、今まで彼女がいたためしがない。
そういう自分を分かっていて、もうこの先彼女も、ましてや結婚だなんて自分には縁のないものなんだとあきらめている。
 
そんな彼の前に、家事代行スタッフとしてガッキーが現れて、その後、ある事情をきっかけに二人の間で「契約結婚」が成立。
表向きは新婚夫婦、でも中身は雇用主と従業員という奇妙な関係の共同生活が始まってしまう!
 
 
契約結婚なんていう不思議な関係が成立したのは、ガッキーと津崎の間にある共感が生まれたからだった。
それは「選ばれなかった・必要とされなかった」という経験。
 
津崎は好意を抱いた異性に。
ガッキーは恋人にフラれ、就職活動に全敗、派遣社員としても契約を打ち切られてしまう。
誰かに選んでほしい
ここにいていいんだって
 
認めてほしい
それは贅沢なことなんだろうか
 
みんな誰かに必要とされたくて
でもうまくいかなくて
 
色んな気持ちをちょっとずつあきらめて
泣きたい気持ちを笑い飛ばして
そうやって生きているのかもしれない
 
『逃げるは恥だが役に立つ』第1話より
 
ふたりの共同生活は雇用主と従業員という「あくまでドライな」需要と供給がマッチしているに過ぎない関係といった形で始まる。
けれど、ふたりをつなぎとめた「選ばれなかった・必要とされなかった」という共通の経験が、物語が進むにつれ、それがドラマの大きな軸となって展開していく。
 
恋だとか愛だとかラブだとか。
そういうのは、いまいちピンとこないけど、何人もの人がいるなかでたったひとりを選ぶ気持ち、相手を必要としたいと思うことは、こんなぼくでも少しわかる気がする。
異性を好きになるってそうゆうことかもしれない、こういう見方・考え方もありなんじゃないか、と、あれこれ感じさせてくれる内容だなあ。
 
ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』は恋愛オンチな人にほど刺さる物語なんじゃないかなー。
続きが楽しみじゃ〜
 
 
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過去放送分はこっち。
 
 
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